自分の事が嫌いで人の目ばかり気にしていたけど

   これでいいんだって少しずつおもえるようになりました。
  

今日は寺子屋の日♪

今日は月に一度の寺子屋の日。

なんの寺子屋かというと算命学(帝王学)です。

算命学のお勉強には全くついて行けない落ちこぼれです・・・

が、お師匠様に会いたくて通っているって感じ。

本当に尊敬していて素敵で大好きなお師匠様。

いい加減、勉強をしないと本当にまずいのだけど頭がついていかず・・

という言い訳をして今に至ってます・・・

いかんよね、自分に甘すぎ。

そのお師匠様が今月末から約40日の修行に入られます。

40日って凄くないですか・・・

無事に修行を終えて元気に下山されることを祈りたいと思います。

その修行に入る前にということで授業の最後にとても大事なお話をしてくださいました。

象の背中

というアニメを見せてくださいました。

私はこの物語がとても好きで何度も見ていましたが見るたびに色々な事を思います。

当たり前のことがいかに当たり前でないのか

目の前のことがどれほど幸せなのか

大事な人に出会えた奇跡

大事な人がそばにいることの幸せさ、有難さ

そしてそれは当たり前でも永遠でもない

そして物理的に離れてしまっても離れていない事

などなどその時々によって色々感じます。

毎回、違う事を思います。

そして

『正しさについての執着』

についてもお話し下さいました。

みんなそれぞれ自分の正しさを持っています。

いいとか悪いとかでは全くなく、みんな違うそれぞれの正しさ。

でもそれを持っているせいで苦しくなったり制限をしてしまう。

一度握りしめた正しさを手放すことはとても怖いこと。

だってずっとその自分の正しさ、自分の定規の中で生きてきたんだもの。

でもその自分の正しさを手放した向こうには新しい世界、

新しい可能性、新しい考え方がきっと待っているんだよね。

私にも自分の中の正しさはたくさんあると思う。

そう、私にとっての常識。

でももしかしたらそれはもう要らないものなのかもしれない。

それに囚われているからここからジャンプできないのかもしれない。

ジャンプしたいけど、でもそのジャンプした先は経験したことがないから未知の世界。

そりゃ怖いし不安だよね。

なんだかんだ言って自分の正しさの中にいたらそこは安心できる。

でも本当にそれでいいのかな~って自分でも思っているのにそれを手放せない。

頭でわかっていても手放せない、それはなんでって怖いから。

でもその自分の中の正しさを手放す時期なのかもしれない。

手放した先には何があるのか・・・

手放してみないとわからないよね。

そして最近本当に思う事。

意味づけは自分がしている。

嫌だと思う理由も自分でその理由を正当化するためにつけている。

だから一番に考えることはどうしたいのか?ということ。

自分はどうしたいのか、何がしたいのかを先に考える。

嫌な事や面倒だと思う事はあとにして、どうしたいのかを考える。

それを一番に考えたら多少イヤなことがあっても動けるよねって思うから。

そうするときっとなにかいいことがあるんだと思う。

だって自分の気持ちを最優先して大事にしたんだもん。

今を大事にするってきっとそういう事なんだなって。

明日は幻想。

またね・・・も幻想。

絶対じゃないから。

象の背中、たくさんあるけど、これが一番好き。

よかったら見てみてね音譜

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