自分の事が嫌いで人の目ばかり気にしていたけど、

これでいいんだって少しずつおもえるようになりました。

ボディプロセスのテーマは死

おはようございます。


昨日も1日パワフルでした。

帰ってきてブログを書く気力もなかったあせる

だったらセミナー終わってたらさっさと帰れ!
という突っ込みが入りそうだけど。

昨日は海の見える会場でした。

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昨日のボディプロセスのテーマは

【死】
まずひとつめは
半分生きて半分以上死んだように生きている人に
『生きるか死ぬかを選べる』プロセス

正に私がそうだって思っちゃった。

いつ死んでもいいし、そもそも生きる意味は?
なーんて思っていた私はちゃんと生きるをチョイスをしてなかった。

でもどれだけの人が生きるって選択をして生きてるのかな?とふと思ったんだ。

だから100%生きるを選択して生きたらどんな可能性が待っているのだろう。

そして私にもどんな可能性があるのだろう。
どんなチョイスができるのだろう
どんな自分になれるだろう

えっ?死ぬもの選べるの?って一瞬驚いて
どーしよ、死を選んだら?と聞いたら

それはそれで仕方ないでしょ…という
ジャッジメントのない回答

だって死はいけないことだというジャッジすらいらないから。

確かにね!

でもね、大丈夫なんだって。
ちゃんと体は生きるを選ぶんだって。
だから今こうしてここにそんざいしてるんだろうね。


そしてもう一つ。
こちらは死を拒絶、要するに死をジャッジしているところを扱うプロセス。

自分の中での拒絶。

それと人の命を救おうとしたり
人を生き続けさせようとしたり
そんな風に頑張ってる人にもいいんだって。

要するに生も死も自分でチョイスできるって知ることなのかな。

でも体はちゃんと生きる事をチョイスする
それに気づくってことなんだと思う。

でもほんとに思ったのは
半分以上は惰性で生きてるんだなぁということ。
うまく書けないけど、体から全て100%生きてる!ってことができてないような。
でもそれがチョイスできるようになったらどうなるんだろう。

なんだかどんな可能性があるのかなって思うと楽しくなってくる。

でもこのプロセスも数回必要だと感じてるのでこれもやり合いっこしないとだ。

受けたいテーマがあり過ぎます!


朝からテーマが死ってどうなの?
と思ったけどこうして生きてるなら
この生きてるってことをフルに楽しみたいよなぁって思うので朝なのに書いてみました。


そして昨日の高速からの景色
なかなかうまく撮れました。

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