自分の事が嫌いで人の目ばかり気にしていたけど

   これでいいんだって少しずつおもえるようになりました。
  

命日の今日に思うこと。

こんばんは、山﨑京子です。

 

去年の今日、11月1日

私の天使がお空に還りました。

そういう表現がふさわしいのかわからないけど

どんな表現をしてもふさわしくないのかもしれないけど

量子力学的に間全く違うんだけどね・・)

 

 

 

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私のお腹の中にやってきてくれた子は

とても冒険好きのとっても優しい子だったと思います。

そしてじぶんの命を使って

私にたくさんの事を教えてくれました。

たくさんのものを遺して行ってくれました。

 

その子のことを『いっさ』と呼んでいました。

いっさは前触れもなく突然やってきました。

(というか、この年齢ではまずあり得ないので)

妊娠がわかったのは(私の中でこれは赤ちゃん?と思ったのは)

ひとつの大きな大きな賭けをしていて

それに負けたら赤ちゃんのパパと離れようという賭けでした。

 

当時は彼の心がどこか遠くにいっていて

それだけじゃない色々なこともあって

自分が限界にきているような時でした。

そして自己否定、自己虐待、無価値観の中にドップリな時でした。

その日は旅行中でした。

まさか私や他の仲間がいる中で彼と彼女が逢引き(ほかに言葉が見つからない)

はしないだろうと思う反面、もしその現場を私が見ることがあったら

それが神様の答えなんだ、だからは離れるしかないなという

いま思うとよくわからない賭けでした。

が!!しかし!!

偶然、いや必然でしょう

彼がその彼女の部屋にいくのを本当に本当に偶然みてしまったその瞬間

もうなにもかも失ったという孤独感と辛さと

溢れ来る不安と悲しみ

そして私なんて誰からも愛されない、必要とされない

私なんて私なんて・・・と自己虐待マックスな時に

 

いっさは自己主張してくれたのです。

気持ち悪いという私の身体の感覚を使って。

最初は食べ過ぎだろうと思っていたのですが

翌日になっても続き

なんだかその吐き気に覚えがある

なつかしくもある

もしかしてもしかして赤ちゃん?

 

 

この自己否定マックスの時にこのタイミングで?

なんでなんでとまた頭グルグル・・・

 

それからどんどん吐き気が酷くなり

もうこれは間違いないな~と感じ

調べてみたらドンピシャで。

 

なぜ?

いま?

どして?

どするの?

ひとりで生きていこうって思ったのにどして?

などなどもうパニック

 

でもフッと、あ、あたしもうひとりぼっちじゃないんだ

この子がいるんだ

この子が来てくれたんだ

って思ったらありがたくて嬉しくて愛おしくてたまらなくなりました。

 

いっさは本当に自己主張の強い子で

私の悪阻はどんどん酷くなり

それこそお水を飲んでも吐く始末

そんな状況でいっさと二人で生きていこうと準備をするも

体力も気力も限界で

どしていいのかわからなかった

 

でもいっさがいる証だって思うとなんとか我慢できたけど

身体が追い付かなくて貧血や栄養失調にまでなって

本当に体はボロボロだった。

なんど点滴をうけたことか。

 

でもその度にエコーで確実に成長している姿が嬉しくて

心臓の動きがわかった時もほんとに嬉しくて

早く会いたくて会いたくてたまらなかった

 

悪阻がひどくて眠ることもできない時は

いっさにいろいろ話しかけて

色々聞いてもらって

とても元気や勇気をもらって

未来をたくさん想像した

 

やっと私の血の繋がった家族ができるって嬉しかった。

ずっと血の繋がった家族が欲しかった私は本当に

今度こそママになれるって信じて疑わなかった

 

でもね・・・

いっさは突然お空に還ってしまいました。

どうしてなんだろう

なにがいけなかったんだろう

そんな事を思いながら病院で泣いてると

お医者様が

赤ちゃんはお母さんの負担を最小限にしてくれましたよ。

完全流産だと思うので手術は必要ないです。

いい子でしたね

と言われたんです。

この体の状態で麻酔を打って手術するのはとても危険だし負担もかかる

だから赤ちゃんはママの身体をちゃんと守ってくれたねと。

 

なんだかね、この時、いっさの愛を感じたのです。

きっといっさはこの世に誕生できないのを知っていたんだなって。

それでも私に逢いにきてくれた

しかもあんなタイミングで

きっといっさは私にいろんなことを伝えに来てくれたんだと思う

ママはひとりじゃないよ

ママはちゃんと愛されてるよ

ママは生きていていいんだよ

ママ大好きだよ

ってたくさんたくさん

伝えに来てくれたんじゃないかなって思ったのです。

 

いっさがきてくれたことで

私は人に頼る

人に甘える

ダメな私をみせる

そして自分をいたわる

ということができるようになり

そしてたくさんの人から

たくさんの愛をもらったんです

私なんて誰からも愛されない、必要とされない

そんな風に思っていたのに

たくさん愛をもらいました

こんなにあたし愛されてるんだって思わずにはいられない

愛をもらいました

この愛って何かしてくれたからとかそんなんじゃなくてね、

いままでもそこにちゃんと有ったのに気づけなかった愛かな。

 

いっさとは3ヶ月しか一緒に居られなかったけど

でも時間は関係ないくらい色々なものを教えてもらいました。

そしてあの自己主張は(酷い悪阻)いっさを忘れないため

いっさとの時間を深く深く心に刻むためだったんじゃないかなって

 

もし万が一、今後同じように自分を見失うことがあっても

いっさのことを思い出したらいまの自分に戻れるために

そのためにあんな酷い悪阻をくれたんじゃないかな

なーんて今は思うのです。

 

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そして

誰からも愛されないとか

私はひとりぼっちとか

存在価値がないとか

そんな風にもし思う人がいたら

 

それは違うよ・・・

ってほんとうに心の底からいいたい。

 

いま生きてるってことは

絶対に絶対にたくさんの愛をもらってきたんだよって。

そしていまもたくさんあるよって

ただ見ようとしてない、見れない、きづけないだけだよ。

 

私はこんなにも辛い出来事でしか気づけなかったけど

そんな思いしないで気づいてほしいなって思う。

 

愛って言葉にしなくても

ちゃーんとあるんだよ、そこらじゅうに。

こっちにも

あっちにもね

 

それをいっさが教えてくれました。

 

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もう1年経ったけど

いまでも昨日のように覚えてる・・・

 

いっさを思い出すとほっこりあったかい気分になれる。

これって幸せだよね♡

 

 

 

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